[ SONGWORLD ] [ 序 ] [ 1 ] [ 2 ] [ 3 ] [ 4 ] [ 5 ] [ 6 ] [ 7 ] [ 8] [ 9 ] [10 ] [ 11 ] [ 12 ]
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第一回 『幼歌い』
第二回 『己が道を自覚するまで』
第三回 『己が道を自覚するまで part2』
第四回 『己が道を自覚するまで part3』
第五回 オリジナル主義
第六回 歌うオリジナル主義の3つの要素
第七回 なぜ部屋歌いしないのか!?
第八回 主旋律だけで満足すべからず!
第九回 異性VOCAL曲のフリースタイル
第十回 オリジナル主義的カラオケ道
第十一回 オリジナル主義的カラオケ道・実践編
最終回 どわああああ、なんでもう最終回なの?笑
■ SONGWORLD的歌唱道 序章 (00.01.25)
チャオ!
新コーナーの開始だぜチンコミエール。
いやぁ、びっくりしたねチンコミエール。何いってんだこの毛唐?って感じで。
みんなも行ってみようイタリアへ(笑)。
冒頭の挨拶から脱線しちまったよオイオイ。
このコーナーは「SONGWORLD的歌唱道」と命名された。
その名の通り、本サイトの推奨する理想的な歌歌いへの手引きとなる予定。
これはイコール=カラオケでは断じてありませんあしからず。
毎月更新の全12回、21世紀を迎える直前で終了予定。
来る21世紀にはSONGWORLD的歌唱道を究めた歌聖があまた誕生しているという寸法である。<なんじゃそりゃ。
いやーとにかくなんだか知らないけどおれが思ってるように歌と接している人ってどれぐらいいるんだろうっていうのが最初の疑問。
なんでおれ的なものをここで公開してその反応をみようという姑息な企画である。
そもそもがあまり参加型ではないサイトでこれをやっても無意味という話もあるがまぁそれはそれ。
やる事に意義がある!<なんの意義だ?
MK2でやった方がいいのかなぁ>これ。
でもまぁあっちでもこっちでもどんどん何か言ってくれてオッケーよ。では第一回、行ってみよう!
「幼歌い」と書いて「おさなうたい」と読む。
幼い声で歌う事ではない。
幼い時の歌った経験の事だな。
あるいは幼くして歌う事。
美空びばりのデビュー時はあれは幼歌いになるんだろうか?
え?おれが聞いてどうするって?
そうでした(涙)。
ミッチのデビューは12歳だったっけ?
それはもう完全に幼歌いとは言えないなぁ。
いやいや、歌手デビューの話じゃないんだよ。
歌い出しデビューの話ではある。みんな自分が一体いつごろ、どんな歌で歌デビューしたか憶えてるだろうか?
おれは3歳(2歳だったか?)で帰ってきたウルトラマンの歌。
もっと昔だったら唱歌とか軍歌だったりしたんだろうな。
その前は西洋の音楽は入って来てないだろうから民謡とか和歌だったりするんだろうか?(謎)
若い人達やこれからの世代では歌謡曲やJ-POPだったりもするんだろうな。
日本在住の日本人の子供で最初に歌ったのが洋楽だったりしたらすごいな。
まぁいきなり夜の女王のアリアとか歌い出すよりは全然まともだけど。<怖すぎ!
きっと最初に歌い出すまでの間には断片だけ歌う時期があるんだよな。
あるいは形になってなくてもとりあえず聞いたものをすぐ真似てみせる時期が。そうしたちゃんと歌い出すまでに蓄積していったものが幼歌いの基礎である。
もちろんおれにも記憶はないが、現存する資料(なんと大袈裟な!)によると毎日毎日空きもせずレコード(EP)をかけてじっと聞いていたそうである。
やっぱりまず基本は聞く事だね。
すべてはそこから。でも聞くという行為から歌うという行為への転換はどこでどのように発生するんだろう?
聞くだけで歌わないで成長してしまう幼子もいるんだろうか?
あるいはちゃんと聞く事もなく過ぎてしまう子が。
それは可哀相だ。
それだけは可哀相だ。
子持ちのあなたもそうじゃないあなたもちゃんと考えてあげようね。で、まぁとにかくおれは歌い出したワケだ。
きみぃ〜にも、みえぇ〜る♪と。
歌うと誉めてもらえたんだろうか?
オトナ達に喜んでもらえたから歌ったんだろうか?
憶えてないし記録もない。
でもたぶん周りに誰もいなくてもひとりで歌ってたはずだ。
ひとり遊びの延長で歌ってたんだろう。
歌が好きだから、歌うのが楽しいから歌ってたんだろう。
今もそれが基盤になっているような気がする。
そういう基盤を作って欲しい。
そういう基盤で歌ってマスカ?いやいやおれは違うぞ私は違うって人もいるんだろうな。
もう幼くして人を喜ばせる楽しみに目覚めてそれで歌いまくったとか。
逆に歌っていたような記憶も記録もまったくないぞ、とか。
いいのよ、違っても別に。
どのみち幼歌いの事について幾ら語っても、それらは過ぎた事でしかない。
何をどう努力しても無駄。
っていうか努力のしようもないよな。でもね、自分にとっての原点、もしくは始まりってのをちゃんと知るのもいいかも。
ま、歌唱道の第一歩として。
言ってみれば復習みたいなもんだよね、うん。
で、次回も復習なんだけどもう飽きてる?(笑)次回へ続く…
幼歌いから始まり、はっきりと自分が何が好きでこれから何を聴いていくのかを自覚するまでの間は長く、そしてあまりにもいろいろな事があり過ぎる(笑)。
だもんで類型化や分類はこの際必要ない…というかそもそもが無理な話なのでおれの場合だけを述べる。
まずはこのおれは今どういう風に落ち着いているのかを説明せねばなるまい。
ぶっちゃけた話、こんなサイトやってる割には実生活における該当ジャンル愛聴率は意外と低いのではないだろうか?
いや、もちろんめちゃめちゃ濃くて毎日そればかり聞いている日々も確かに過去には存在したが、これから先には存在しないような気がする。
えー、とりあえず音楽に関しておれの落ち着き先は以下の3つ。1.クラシック音楽
2.TVまんが主題歌群(アニソン・特ソンなど)
3.その他邦人歌手の歌謡曲比重はどうかと言われると困るな。あまり差がないという感じだろうか。
敢えて順位をつけるなら1>2>3という感じだろうか。あーやっぱ1番じゃなかったなぁ(笑)。
コーナーのテーマである歌という点では1は関係ないんだけどね。
オペラとか歌曲は歌だけどそっちはおれの守備範囲じゃないし。
そういう意味では歌に関する競合は2と3か。
ところで話は変わるが、2の歌と3の歌を歌う場合の気持ちに大きな違いがあるのは何故だろう?
うーんこれをあまりやるとジャンル論になってしまうな。
それは面倒だしどうせ出来ないからやめとこう。
でもその違いを自分の中で許せる人と許せない(共存できない?)人がいるのはなんとなく感じる。
ま、いいや。今回は幼歌い以後をやるのだ。
小学生から中学高校を経て大学に入るあたりにはだいたい人はその道を自覚できてるんだろうか?
おれはたぶん大学時代に決まったんだと思う。
もしかして実は遅かった方じゃないのだろうか。
結局前述のように3つのジャンルにまたがっていたので、どれがどう今後も関わっていくのか考えられなかったんじゃないかなぁ。
自分のキャパもわかんないし、その時中心にしていたものが今後もそうあり続けるかどうかもわかんなかったりで。
でも今はわかるな。その3つだ。
特に2に関しては今まで三十年近くそうしてきたんだしね。
ではようやくそうしてきた道のりへ。
「保育園時代」
ブランコ歌い。もうこれに尽きる!当時おれの歌生活のメイン舞台はブランコだった!!(笑)
実は初回登園時からどうも馴染めなかったおれはよく外にでてブランコに乗っていた。
そして歌うわけだな。ブランコ漕ぎながら。
時々気分転換にジャングルジムやすべり台に行くけど、ジャングルジムはたくさん人が登ってくるしすべり台は早くすべりおりないと後がつかえる。
その点ブランコは自分が乗っている限り誰も邪魔できない。先生が出て来て誰それに譲ってあげなさいなんていう事もなかった。
思う存分自分の世界に入れたわけ。
まぁ教室でみんなで歌うのもきらいじゃなかったけど、どっちかというとひとり歌いの方が好きだった。
好きな歌が歌えるし。
で、家では相変わらずひとりレコードを聞きながら歌っていた。手でターンテーブル回してスピード調節して遊んだ記憶もあるけどあれはレコードと針によくなかったに違いない(笑)。
歌ってるか、粘土遊びするのが主な遊びだった時代。
え?友達とも遊んだよ。田舎のガキなんで結構ハードに屋外でね。もちろんヒーローごっこ。主題歌歌いながら。技真似して。
もっとも記憶に残っているのはゴッドマンごっこかな。あの武器(なんつったっけ?)を道端のデカイ草木で作って振り回していた。
あれゴッドマンだよね?グリーンマンだったか?<どっちでもいいや。
保育園のすぐ隣に材木置き場があってそこがもう恰好の遊び場所。時々木に足を挟んでいたかったりするんだけど子供は軽いから木を積んであるのに上っても崩れ落ちたりしないしホント天国!下は大鋸屑だから転ぼうが何しようがクッション効いてるし(笑)。でもって夏場はカブトムシの幼虫がざくざくとれた。
あ、やべ。思い出話コーナーになってるよ。それはまた別な場所で別な時に。
「小学校時代」
基本的には保育園時代と何ら変わらない。保育園のブランコに乗りに行ってたし、結構小学生の遊び場化していた気もする。
普段外で遊ぶ時間がやや増えたかな。外っていっても自分の家の倉庫とか裏とか近場だけど。
ところでおれの場合、特に前述2のジャンルばかりを好んで聞いて他を排除していたワケではない。
っていうか小さい時にそんな意識があったら怖いって。
レコードに関してはたまたま最初に歌いだしたのがTVの主題歌だったんでその後もその系統を買い与えられたのだと思う。
まぁ自分でも欲しがったんだけどね。
親におねだりして、近くのカメラ屋さん(でレコードも売っていた)にいってツケでEP買ってきたりしてた記憶がある。
ダンボール箱を半分に切った入れ物に入っているレコードを一枚一枚吟味しながら選んだ記憶も。
歌とおはなしシリーズはほとんどそこで買ったんじゃないだろうか。
ゲッターロボとかロボコンとかアマゾンとか。
中には歌謡曲や演歌なんかもあったと思う。女の操とか、心のこりとか。
でもよく考えるとシルバー仮面とかアイアンキングとかその辺のっておれがほしがったというより適当に親が見繕って買ってきたんじゃなかろうか?
とにかくひとつはそのレコード聞きながら歌うという行為で、もうひとつはやっぱりテレビから流れる歌を聞いて憶えて歌うという行為だよな。
それはもう見てたTVの影響モロで、歌謡曲なんかもがんがん憶えていったし、歌ってた記憶がある。
あんまよくは憶えてないけど小学校時にブランコで歌ってたのは歌謡曲の方が多いんじゃないのかなぁ。
そうした生活も小学校の3,4年になる頃には習い事や部活なんかも入ってきたんでかなり事情が変わってきた。
歌う時間が減るという状態だな。
よく考えるとはえーよなぁまだ。もう少しじっくりひとりで歌いたかったなぁ。
そういや、ちょうどその最初の頃だったろうか、童謡や唱歌のレコードを親が買ってくれて、そのレコード(たぶん初めてのボックスもの)もかなり聞き込んだ記憶がある。
昔話の歌のヤツが一番好きだったような…、桃太郎とか金太郎とか一寸法師とか。
あのレコードどこいったんだろうなぁ。どっかにあるはずだ。でもCDでほしいなぁ(笑)。
そして5,6年にあがる頃にはもう歌謡曲メインにシフトしていた。
だいたい見る番組が多くなってきて、増えた分は歌謡バラエティとかそっち系だもん。
たのきんが出現する前のカックラキン大放送や欽ドン全盛時代。
やっぱ歌謡曲だよなぁ。
紅白歌のベストテンなんてのもあったな。堺正章と和田アキ子が司会の。
その後ベストテンやトップテンなんかが始まったんだっけ?<うろ憶え
ちなみにおれは新御三家の中では秀樹派だった。次がゴローでヒロミGOはあまり好きじゃなかった。歌が一番軽いような気がしたからかもしれない。
ついでに言うと秀樹派だったおれは当然その妹分としてデビューした河合奈保子ファンでもあった。あれ?字これで合ってるっけ?(笑)
なんかいろいろスクラップしてた記憶までありやんの。そのくせ歌はもうほとんど覚えてない…、封印っ!
ラジオを聞き出したのもこの頃か。
文化放送にニッポン放送…当然聞くのは歌謡曲。そしてアイドルがDJをやる番組とか。
明星や平凡の付録の歌本をストックして、中の曲をほとんど歌えるようにラジオを聞きまくった(録音しまくった)のもこの時期か。
実際当時は今と違って趣味嗜好がたいして分岐してなかった時代だから、歌手やアイドルや歌もそのほとんどが学校の友達みんなの間で共通の話題として成立していた。
アーティスト&アイドル乱立やリリース過多はこの後の時代の現象なのだ。
「歌友達」
小学校時代のおれには歌友達がふたりいた。
ケンとサックというのだが(そう呼んでいたので)、ケンとは主に歌謡曲、サックとは主にまんがの歌を歌っていた。
遠足やハイキングなどではふたりのどちらと隣になるかで何を歌うか決まっていたような気が…。
他の子がとなりの場合はひとりでいろいろ歌うか、マンガでも読んでいるかだったな。
小学校の修学旅行では残念ながらマンガ読み少年だった(笑)。
でもなんで二人しか歌友達がいなかったんだろう?
みんなひとりでいる時はどうかしらないけど、普段は誰かと一緒に歌うとか人前でも構わず歌うとかいう事がほとんどなかったように思う。
なんでだろうなぁ。
今でこそカラオケ全盛時代を経て歌うという行為が当たり前のようになってきたけど昔はそうじゃなかったんだろうか?
どうもおれにはわからん。っていうか記憶も曖昧だし。
とにかく一緒によく歌うのはそのふたりだけだったし、他の子たちが誰かと歌を一緒に歌ってるかというとそんな事はあまりない環境だったのだと思う。
そうしてそれはいつのまにか、人前では歌わないという習性になっていくのである。そう、おれの記憶にあるのはほとんどひとり歌いで、後はその二人の歌友達と歌った記憶、人前で歌ったという記憶はほとんどないのであった…。
※そういえば昨年夏、久しぶりにケンに会って一緒にカラオケに行った(他仲間数名)。
おれの方は当時を凌駕する(自分で言うな)秀樹パワーで歌ったのに、ケンは普通の人みたいで残念だったなぁ…。
ケンに「すごいな!」とか言われても嬉しくない…。
もうあの頃みたいに同じ気持ちで歌えないのかなぁと思うと寂しくなったものだ。
「声変わり」
男なら誰にでもある辛く哀しい期間(笑)。
おれは小学5年だったか6年の時だな。
それはもうひどい声でしかもなかなか変わりきらなくてずーっと長いことガラガラ声だった。
もうすごい精神的苦痛で、人前でしゃべる事すらイヤになるほど。
授業で教科書読まされたりするのもめちゃめちゃイヤだったし。
そんなある日、昼休みの校内放送でなにかの作文かなんかを読まなくてはいけなくなった時があり、もうこの時の気分はいまだに思い出すのだが、本当に本当に途中で死にたくなった。読んでいても声が出てないんだから。なんで先生はおれに読ませようと思ったのか理解不能。そもそもあれはおれの文章だったんだろうか?でない声を一生懸命吐出しながら息も絶え絶えに読み終えて教室に戻った時のあの雰囲気もまた更に死にたくさせるものだった。
これ以降、おれは人前でしゃべるのも歌うのも意識して避けるようになったのだ。
たぶん6年の時のものだと思うが、自分の家で友達と遊んでいる時に録音したテープが残ってて、まぁこれはほんとに仲のいい友達だったんで歌ったんだけど、その声がほんと今聞いても辛くなる声で、そんな声ながらも歌手のニュアンスを出そうとしている自分が可愛いかったりするのだ。
ちなみに曲はザ・ウルトラマン ささきいさおである(笑)。
ご丁寧にも友達にも歌わせて、ここはこうして、とかやって何回か繰り返させてたりする。当時から既にオリジナル主義だったらしい(笑)。
「まとめ」
こんな感じで11歳ぐらいまでのおれは過ごしてきたことになる。
時代はレコードからカセットテープにシフトするのか?という時期だったので後半はレコードは買わなくなり、カセットテープで買ってくるというのが増えた。たぶん6年の段階でアニメ関係のテープが10本ぐらいあったはず。
ただ、その半分近くはバチモンだった。知ってる曲ならバチモンだとわかるが、知らない曲はバチモンかどうか知る手がかりがないので仕方なくバチモンで覚えていった。ブロッカー軍団マシンブラスターとかグロイザーXとかダイオージャなどはそうして憶えた曲だった。
民放は2局しかなかった田舎で見た事もない番組の主題歌を憶えておれはどうするつもりだったんだろう?
人前で歌うわけでもないし。
やはりなんらかの魅力を感じてそれを求めて聞いて&歌っていたのだろうと思う。
今となってはそれを説明する事はできないが。
自分がそうして親しんでいたのとは逆に、友達がだんだんそうした主題歌(=番組)から離れていくのを寂しく思った記憶も少しだけあるが、そもそも一緒に歌う事は歌友達のふたり以外にはなかったし、おれは普通の歌謡曲にも親しんでいたので寂しさはほんの少しだけだったと思う。
二人の歌友達と、歌謡曲という別なラインを持っていた事がこの時期のおれにとってのポイントだったという事か。
そして普段はあくまでもひとり歌いに徹していたと。
最後の頃には声変わりのせいですっかり自分で歌う事は減ってたかなぁ。聞く方にまわっちゃってたかも。
つぶやくように口ずさむとかならしてたんだろうけど。
それでもまだ何も考えてはいない無邪気な時代だった。
普段見聞きしている歌を覚えて歌う。少しずつ好きな歌を選別するようになってはいたのだろうが…。次回へ続く…
■ 第三回 『己が道を自覚するまで part2』 (00.04.23)
前回は小学校までの歌生活について書いた。
今回はそれ以降をやる。
[中学校時代]
既に書いたようにだんだんとレコード聞き歌いから、TV・ラジオ聞きbut歌わずの生活になっていたのだが、中学になってジャンル面の新たな変化が訪れる。
吹奏楽部に入ってクラシックを聞き出した事だ。が、これによって歌う時間は更に激減する事になる。
そしてそのほんの少しの歌う時間を何に費やすかというと当時ニューミュージックと呼ばれたジャンル(?)に費やすのである。
うちのページにもある安部泰宏(旧・安部恭弘)とか佐野元春とか。<この二人が一緒というのも乱暴だが。
小学校時代の歌友達はどうしたか?
ケンとは相変わらず時々歌ってた。すげぇ時々だけど。この時期二人に加山雄三というレパートリーが加わる(笑)。
サックとはほとんど歌わなくなった。歌わないだけで他の部分は相変わらずの友達なんだけどね。
必然的にまたひとり歌いになる。
TVまんがはほとんど見なくなってしまっていたので新しい曲とかは覚えない。妹用に買ってきたテープを時々拝借して聞くとかはあったな。かぼちゃワインとかもその類。ああ、アラジンの魔法のランプもそうだ(これはもっと後か?)。
一方それに対して流行歌の類はいつのまにか憶えてしまっているという状態。いや、かなりこちらから積極的に憶えもしたが(笑)。
明星・平凡の付録についてる歌本や市販の歌詞集を買って憶えたりもした。より多くの友達と流行歌を共有できた良き時代でもあったしね。
と言う訳で受験勉強もあったので全体としては聞く98%に歌う2%ぐらいの生活が続く。
他にも自作の歌なんかも作ったりしたが、まぁたいして才能ないのがわかったのでそれも中学までで終わり。
でも当時のテープは残っていて、これが過去恥部その2だな(その1は前回の小学校時のテープ)。
ま、でも中学はそんな感じですぎてしまった。おれの歌LIFEとしては停滞期というか冬眠期にあたるのかもしれない。
今考えるとクラシック音楽は歌には直接関係しないどころか機会を奪った敵であったのだが、実はそれだけじゃないんだな。
TVまんが系の当時の曲の多くはオーケストラ楽器が使用されていたし、アレンジに関する部分への興味のとっかかりとしてこの時期の経験が強く関わっているのではないだろうか?
とはいいつつ、最近の電子系音楽受容には妨げとなっているので一長一短かもしれないが(笑)。
[高校時代〜応援団&合唱編]
さて、高校に入って状況は更なる変化を遂げる。
まず下宿生活になったため不用意に部屋歌いもできない状況となる。(木造アパートで音が筒抜けなので)
部屋で音楽かける事すら減る。もっぱらウォークマンに頼る生活。
しかし一方で何故か応援団に入ってしまったおれは歌だけは毎日疲れ果てるくらい大声で歌う事となる。
おかげで歌う気持ち復活。たとえ応援歌といえども歌う事が楽しければそれはそれでいいのである。
大勢(そんなに大人数でもないが)でユニゾンで思い切り歌う楽しさを改めて見出した気もする。学校の音楽の授業などでは絶対にほとんどの人は手抜きだからな。
喉の限界というのもはじめて知ったかも。大声で叫んで声が枯れるというのではなく、歌い過ぎで声が枯れるのを初体験。
大声出しつついかに持たせるかというのもやったような気がする(いまでは憶えてない。どっちかというと感覚的なものなので)。
腕立て発声とかもやったなぁ。辛かった…。でも少しはトレーニングになったかも。
さらに、2年目には貴重な体験として新入生に歌を教えるということまでやるのである。これは面白かったなぁ。
一週間ばかしで20曲程度の歌を教え込ませるのだが、これ、もう快感。ほんと今でもまたやりたいと思うよ。
まぁ間違ってもその場で楽しんで歌うなんていう雰囲気にはならないんだけどね。一種恐怖政治(笑)。
ちょっと戻るが高校一年の夏ぐらいには尾崎豊のアルバムを借りたた事がきっかけでまた部屋歌いが復活する。
下宿の怖い先輩が隣部屋から移動したというのもあるが(笑)。
放課後2時間ばかしの応援団歌いに、ちょっとだけ部屋歌い。
これに追加して高校2年になると麻雀歌いというシチュエーションも新たに生まれる。いやぁ、これはホント楽しいね。
もちろん雀荘なんかでは禁止されるんだけど、下宿でやってる分には誰も文句言わない(こらこら)。
白井貴子とか聞き出したのもこの頃か。
TVまんが系はしかしこの時期になってもやはり陽の目を見ず、ごくたま〜に思い出して聞く程度。でもまぁよくテープを捨てちゃわなかったもんだなぁとは思う。
高校2年秋。とある事情で応援団をやめて合唱部になる。ここでハモリ系の楽しさを体感。といっても常時活動の部ではなかったので上達するとか心行くまで歌うとかいうのは無理だったが。
メロディー以外のパートつまんねぇと思っていた意識が変わっただけでもまぁめっけもんだったと思う事にしよう。
うちの高校には合唱コンクールというのがあって、クラス対抗で発表する行事を毎年やっていた。(今はもうない)
1,2年は男子クラスは共学クラスに比べてやはり不利だった。そもそも男ばっかりでそんなに熱心に練習するものでもないし。
1年の時はクラス全体がほとんどやる気なし。2年の時は多少はやる気もあったものの、練習不足でそこそこまで。
3年で共学になってようやくやる気のあるクラスに恵まれ、おかげで課題曲部門1位自由曲部門2位で総合優勝した。
いやー、この頃は歌うのがほんと楽しかったよ。あ、いかん、3年の話になっちゃってるよオイオイ。
[高校時代〜復活編]
そうしてついに高校3年がやってくる(ちょいとネジを巻き戻してね・笑)。
ここでSというヤツと同じクラスになったのがすべての新たなるはじまりであった。
いったいいつどこでどうしてそういう話になったのか全然もう憶えてないのだが、いつからか二人で歌うようになる。
もちろん今まで半封印状態だったTVまんが系を、だ!
たぶん前述の合唱コンクールが何かしらのきっかけになっているのだろう。
クラスみんなで歌う、もしくは数人で歌って練習するという雰囲気の中からちょっとした遊びでどちらかが口ずさんだものに反応したのかもしれない。
そして合唱コンクール優勝。ちょうど校舎改築末期だった。
んでもってプレハブ校舎から新しい校舎に移った頃には、二人して朝早く登校して歌う、放課後は残って歌う、という生活に…<勉強しろよ!
自慢じゃないがおれ、学校で一番早く登校する生徒だった。もう用務員のおじさんより早い(笑)。冬は寒いよ、外で待ってるのは。
でもって友人Sが来るまでちょいと勉強して待って、来たら歌う。
当然歌う場合はハモリ合いの手は交代でやるし、ニュアンスは最大限努力して再現しなくてはいけない。
キャンディキャンディのミッチのニュアンスを「おまえ、そこは違う、こうだ」とか「いーや、もっとこうだ」などと言い合いながら練習していたものだ。
さぞかし他人の目には奇異に写ったらしく(笑)、放課後いつものように歌っていると隣のクラスの怖い女がやってきて「うるさい!バッカじゃないの!」と怒鳴られた事もある(笑)。当然そんなの意に介さず続けたけど。
時々もうひとり仲間を連れ込んで(半ば無理矢理だが)、三人で椅子の上に立ってミクロイドSを歌った(当然ハモる)事なども鮮明に覚えている。
誰もいない(とおれたちは思い込んでいたが)校舎に響く歌声。
学級対抗(クラス対抗スポーツ大会のようなもの)の練習ではバレーボールをしながら「おもちゃ作りは大忙し」を二人でずーっと歌い続けて最後には練習してる仲間から調子狂うからやめてなどといわれたものだった…。
…やっぱりヘンだな(笑)。
曲の傾向としては新譜系は一切無視でひたすら記憶の隙間を埋めていく感じでの補完とあとは知っている曲の復習。
そんな中でいつしか堀江美都子というシンガーに注目するようになり、友人Sはオリジナル道へもはまっていく事になる。
おれはそこまではハマってなかったのであまりそっちは歓迎してなかったが…(笑)。
受験シーズンになってもなにも規制することなしに聞きまくり歌いまくり。
受験のために東京にいく寝台車の中でも「森のトントたち音楽集」と「みんなの歌BEST」なんかをリピートしてたもん。もちろん帰りも。
こうして非常に充実した楽しい3年間が過ぎた…。
[大学時代]
そのまんま、おれは大学生、Sは予備校生として東京に出てきたので引き続き歌生活はエスカレート。
特にマンション一人暮らしという絶好の環境を得ておれはもう毎日歌いまくったね。
やっぱ鉄筋のワンルームマンションはいいねぇ(防音がそこそこ効いてる)。
高校時代にはあまりやらなかった屋外どこでも歌いにも果敢に挑戦した。
今から十数年前に池袋近辺でTVまんが系ソングを臆面もなく歌っている二人組をみかけた事があれば、それはほぼ間違いなく我々である。
主に東口方面に出没。駅構内でも時々歌った。傍目には完全にアブナイ奴等である。
相互ハモリ歌い、伴奏口歌い、突然繋ぎ歌い、即興替え歌、ニュアンス歌いなどの訓練を重ねる。
アニメソングを歌う会とかいう集まりにも2度ほど出かけた。1回目はめっちゃめちゃ楽しくて一緒に歌ったのだが、2回目には全員何のニュアンス表現もなくユニゾンしているのに疑問を感じ、コーラスに徹する様になる。そしてその次は…二度と参加しなかった。
おれの無意味なユニゾン嫌い、みんなで大合唱嫌いはこの辺から始まっていたのかもしれない。
ミッチのLIVEへもはじめて行った。一緒に写真とった。握手してもらった。もうすっかりおのぼりさんである(笑)。
こうした友人Sとの歌LIFEはもちろん大きな部分だったのだが、一方でおれはサークル活動を生活の拠点としており、そちらにも最大限のパワーを注いでいた。
そしてそのサークル活動においても歌シーンが欠かせなかったのである。
とりあえず飲み会があるとその最中も店出た後も必ず歌う。カラオケじゃなくって素で。校歌とか。おかげで他の学校の歌まで憶えた。
また関東や全国の集まりにもでかけたりしたのだが、そこでも必ず歌う。みんなで輪になって歌う(笑)。
知らない歌でもうろ覚えで何度かやってると憶える。
前述したみんなで大合唱嫌いの傾向にも関わらず、このサークルにおける集団歌いには入っていけたのが不思議だ。
ただ、やっぱ一番最初は面食らってしまって絶対に輪の中には入らなかったんだけどね(笑)。
いろんな地域で活動してる仲間と会って一緒に歌うっていうのはやっぱ楽しいものだと気がついたのは大学1年の夏だったな。
結論=集団歌いを許容するにはそれなりの背景が必要である。…
いや、すまん。ここまで書いてまだ続く事が判明してしまった。
この続きを第四回に引っ張るのか、それとも補筆するのかは未定だが、とりあえずUPちゃおう。
なーんか、この回はもう7回は書き直してるんでかなりアタマが混乱してきて文章がおかしいかもしれないので後日まとめて見直す必要ありそう…(涙)。
んじゃまぁ結論はおあずけという事で。次回へ続く…?
■ 第四回 『己が道を自覚するまで part3』 (00.05.21)
ああ、ついにこのお題でpart3までやる事になってしまった。予想外だ。
今後に影響しないか心配だなぁ。みなさんにはホントすまんって感じ。
だってほとんど私的な事で、読んでもらってももしかして全然興味ないかもしんないんだしなぁ。
今回はすこし一般的な部分まで含めてみようとは思う。
[おれの自覚まで 〜最終編]
第二回において、おれはたぶん大学生時代に決まったんじゃないだろうか、なんて書いたものの実はその根拠はなにもない。
ただ、その時期までに、つまり前回part2で書いたような時期までには、自分の関わってきた音楽について漠然とながら比較しつつ考えて、今後の事まで考えるようになったのは事実だと思う。いったいそういう事を人はみな、やっているのだろうか?
ねぇ、やった?
学校の音楽の授業でやる所謂クラシックや雅楽なんかはほとんどの人は卒業と同時に、いやその授業の間の時間以外はとっくに捨ててしまっているような気がする。
TVアニメやなんかの音楽も、それを見なくなったりする時点で捨てているのかもしれない。
で、結局自分の日常ともっとも近くにある音楽と付き合っていくのだろう。
それが多くの場合はJ-POPや洋楽であるという事なんだろうか。ではこのSONGWORLDで扱うようなジャンルの音楽といまだにつき合っている人たちは何故そうしているのか。
それが日常だから?
たぶん、作品好きな人の比重が多いんじゃないだろうか?
アニメや特撮作品のファンだから、その主題歌挿入歌BGMにもずっと興味を持っているという理由。
あー、それはおれとは全然違うなぁ。(それがどうだという意味ではないが)
コレクターの人とかもいるか。
ずっと離れていたけど懐メロ感覚で今また聞き出した人達もいるだろう。
この人達は復刻ものやゲームとかスパロボなどのイベントの主な層なのだろうか?
懐かしい意識などなくまったく新たに過去の作品に接してファンになる若い人たちもいるんだろうな。
そっちの方が主役なんだろうか…?今更ながらいろんな関わり方があるものだと思う。
きっともっといろんな要素、人それぞれの理由があるんだろうな、とは思うが。しかしおれはあえて、おれの場合に近い人を探したい。求めたい。
じゃ、おれの場合って何だ?
とりあえず確かなのは今までもこれからもずーっと歌として認識しているという事。
作品の一部的な感覚、あるいは劇伴の中のひとつ、あるいは何かの付属物的なものとして認識した事は実はただの一度もないと思う。リアルタイムで作品のOP・EDを見ていた時ですら、一本の歌として捉えていたように思う。まぁそれはあやふやな想像にすぎないのだが。
とにかく歌である以上、歌われる事が大前提だ。
そうした認識があるというのがまずひとつ。でもって何故このジャンルと今まで(今後も)付き合っているかという点。
前述のように、おれは比較して考える。
他のジャンルの歌と何が違うんだろうか?
あくまで独立した歌として捉えているから流行りものという意識はまずない。
作品に依存してどうこうというのもほとんどない。
歌の背景、もしくは世界観の一部としての作品は関係ありだとは思っているが、これはおそらく番組派の人には絶対に受け入れられないだろう。順序が逆だから。でもそういう人はタイアップものをどう捉えているんだろうなぁ。
そのタイアップものがなぜおれにとって否定すべきものなのかが、これまでの答えになるのかもしれない。
番組内容との乖離はもちろんそうなのだが、その内容と関係あろうがなかろうが歌の中味がチープなのである。全然聞くに値しない、歌うに値しないと判断せざるを得ないようなものがほとんどだからである。
歌そのものがよければタイアップだろうがなんだろうが認めようじゃないか。
ただしその判断は極めて個人的なものかもしれず、そして決まった基準によるものではないのかもしれない。
でもそれはしょうがないよな。好き嫌いの問題だしそれこそ個人の嗜好ってもんだ。
脱線してきたな、いつものように。戻す。
何故付き合っているか。それはより共感できるからだと思う。
聞いていて、歌っていて。
もちろん作品という世界に依存している部分は多少なりともあろうが、その作品を通して、あるいは作品そのものが歌という手段でもって何かを表現しているのだ。誤解しないでほしいが作品そのものをはおれは問題にしていないんだよな。作品のテーマとかメッセージ性とかいうものの方が重要だと考える。
その表現している部分に素直に共感できるし、そうした曲が多いのだと思う。
自分の中では巷に溢れる商業主義的恋愛ソングにだけ漬かっているのがイヤだという思いもある。
どこもかしこもそういう歌ばっかり。
つまんないのである。
時には男ってなんだ!力ってなんだ!恋愛じゃなくってほんとの愛ってなんだ!というのを歌いたいのだ。
一般人にたとえそういう欲求があっても、今度は逆に作品性が邪魔をしたりするケースが多いんだろうな。
アニメの歌だから恥ずかしいとか、そういう気持ち。
わからないではない。
恋愛ソングは恋愛観を自分自身に問うてくる。じゃぁそれ以外のものを自分に問うのは何かというならばおれの場合はこれらの歌の数々だったというだけなのかもしれない。
ああ、でも今は歌詞なんかどうでもよくってリズムとノリだけで売れる時代なんだったな…ははははは。
メロディーすらも機械的な感じだし…。世も末だね。あ、ちょっと待て!この辺の話はおれはやりたくないって言ってたんじゃないか!くそ!
書いちゃったよ、ちぇ。
ま、いっか。全然まとまってないし穴だらけだし。
分析とか研究は苦手なのだ。
でもこの章は自分分析みたいなもんだから困ったことになってしまうんだよな。
いい加減そろそろわかってもらえたと判断して次へ行っちゃっていいのかな?(笑)
とにかく敢えて世の中の時流に反発する意図もあるのかもしれない。
いつまでも堂々と胸を張って、これらの歌が好きだって言えればいんだけど…。突然だけどここでまとめ。
アニメや特撮作品の歌の数々はおれにとってはあくまで独立した作品としての歌であり、それを聞いたり歌ったりする中で、他のジャンルにはないテーマやメッセージを感じたり表現したりできる素晴らしい手段である。
だからおれはこれが好きなんだと思う。
こんなもんかな。うん。次回へ続く…
※これは度重なる書き直しの後の仮決定稿を更に自己検閲により全て書き直した第二版です(笑)。
端的に言うと、オリジナルを愛し表現の場においてもそこに近づこうする姿勢そのものを指すのだと思う。
でもたったこれだけの説明でその正しいところを理解してくれる人はまずいないだろうからやっぱ説明が必要だよな。
物事には順序があるので、いきなり結論ではマズイらしい(笑)。
では順序よくやりましょ。『なぜオリジナル主義か?』
まず今回のテーマの選定についてである。
これまでは完全に個人史的な事について書いてきた。
それは自分にとっての総括であるとともに、読者自信にとっての総括を喚起するためでもあったのだが、ねぇ考えてくれた?
自分と歌との関わり(広く音楽と捉えても結構)について、事実と仮説を展開するのはそんなに苦痛な事ではないと思うのだが。
いや、むしろ改めていろんな事を考えさせてくれたり、なにか新しい発見があったりして嬉しくも楽しいものなのではないだろうか?
とにかく、ここに至るまでの4回を通じて、みなさんにはそれをやっていただけたものとして今後進めるものである。
大丈夫かな?
ついてこれなかった人は、最初からやり直すなり、もうどこかへ行くなりしてくださいまし。
でもって、これからいよいよSONGWORLD的歌唱道への入門がはじまるのである。
そしてその第一歩となるべきは、歌唱道の根底になるもの。ひとつの明確なコンセンサス。最低限シンクロしててほしい部分。
それがこれから話す「オリジナル主義」という姿勢である。
ここで、「ああ、自分とは方向性が違うな」とか「それにはちょっと共感できないな」と思うのであればこの先は読んでいただかなくて結構。いや、むしろ読まないで欲しいとさえ思う。それどころか他のSONGWORLD内のどのコンテンツも見ず全て忘れて他のアニソンサイト・アニメサイトへ行ってくれとおれが心から哀願しなくてはならないのかもしれない。
ふふふふふふ。『オリジナルの定義』
一番わかりやすいのはいわゆる「オリジナル音源」だよな。
バッタもんとかカヴァーものではなくて、オリジナルな盤という意味でのオリジナル。
とはいえ、バッタもんカヴァーもん大好き人間を否定するつもりではないというのは御理解願いたい。
音源・音盤としてのオリジナルという意味でちゃんと認めようねという事だけ。
次にわかりやすいのは記憶としてのオリジナルか?
所謂最初に聞いた音源・音盤を自分にとってのオリジナルであると認識してしまうこと。
最初でなくても一番頻繁に聞いてしまったものがオリジナルであるかのように深く強く記憶されてしまうことは往々にして起こりうる事象だと思う。
これはそれこそひとりひとりで違うだろうから、言ってみれば個人的オリジナルとでも言おうか。
最初にあげたオリジナル音源とは違っていても、これとてオリジナルとなりうるのだというのを御理解願いたいPart2。
三つ目は個性としてのオリジナルと言っておこう。
一番多いのは歌手による違い。それこそカヴァー・バッタものとしての別バージョンである。
どこの誰かも知らない、且つオリジナル音源と比較しても語るべくもないような安かろう悪かろうモノも多いが、そうでないもの・一聴する価値あるもの・いやオリジナルを超えたと思われるものまで存在する。
イケてる子門カヴァーなんぞその典型だと思われるがどうか?
これぞまさしく子門オリジナル!というべき世界がそこに拓けているはず。
池田鴻によるセタップ!仮面ライダーXなどもそのパワー漲るVOCALに圧倒される事必至。
ポリアンナの工藤夕貴をミッチがカヴァーした曲なんかも、まさしくミッチワールドというべき素晴らしさだったり…。
歌手のオリジナリティを存分に発揮して新たな価値をその歌に与えているようなもの…それが個性としてのオリジナル…も是非御理解願いたいPart3。
以上の3つのオリジナルをそれぞれ各個人が各曲において様々に認知しているであろう事をまず大前提にし、それぞれを持ってそれぞれのオリジナルとする。
なんだかわかったようなわかんないようなまとめですまん(笑)。『オリジナル主義とは』
で、だ。いよいよこっからだ本題だ。
オリジナル主義というからには、人として何かに対して何らかの価値観なり考え方なり行動様式なりを持っていなくてはいけないのだが、それを以下に明らかにする。
まず何かに対して、というのは言うまでもなく「歌」に対してである。
そしてもちろん前述したような「オリジナル」に対してである。
その対象にどう対処するか。
基本は愛だよな。それがなくては始まらない。愛情。注ぎ受け取り証明する。
注ぐのは聞く事歌う事。受け取るのも聞く事歌う事。証明するのはやっぱり歌う事。
というワケで歌えばいいのである。<ホントか?
ただし、どう歌うか?そこが全てだな。
キミがオリジナルから受け取ったもの、オリジナルに注いでいるものを証明すべく歌う。
はははははは。なんか簡単に収まっちゃったよ。
具体的にはどうかっていうのはこれからボチボチと語っていく事になるだろうから今は言及しないでおこう。
くれぐれも断っておくが、歌の上手下手を問題にしているのではないよ。そりゃぁ下手よりも上手い方がいいんだろうけどさ。でも表現するってのはそれだけじゃないと思うんだよな。文字通り表現することができれば下手でも関係ない。逆に上手くても何もそこに感じられなければそれは無意味なんだよ。上手いのに無意味…なんて悲しいんだろうねぇ。けけけけけ。
とにかくそうした姿勢こそがオリジナル主義の姿である。>「けけけけけ。」にアラズ。キミは証明すべきものがあるか?
キミは常に証明しようと努力しているか?
キミは証明できているか?
キミの証明を誰かが受け止めてくれているか?さぁ、オリジナル主義として歩いていく仲間達よ、道は決して平坦ではないが一緒に前へ進もう。次回へ続く…
■ 第六回 『歌うオリジナル主義の3つの要素』 (00.08.07)
前回はオリジナル主義の定義について述べた。わかっていただけただろうか?(不安)
今回はそれを実践していくにあたってのいろいろな事柄について総括的に捉えてみたいと思う。
ただし、だ。今までにも増して私見である事を念頭において欲しい。まぁおれのひとり言って事で…。
※今までだってずっとそうやん、というツッコミも聞こえそうだが。
オリジナル主義の実践とはこれ即ち「歌う事」である。
いったいどのようにして歌うのか。何を目指して歌うのか。
「どうでもいいじゃん、そんなの好きにすれば」と思うようではオリジナル主義失格。ハイ、さようなら。
それは一見どうでもいいようで実はどうでもよくないのである。前回述べた許せない歌唱になってしまってはいかんのである。
おれが思うにそれらはだいたい以下の3つの要素の組み合わせ比率により自ずと定まってくるのではないか?
1.コピー度
2.デフォルメ度
3.自由度
これはそれぞれの要素を純粋に極めていくことにより
1.コピースタイル
2.デフォルメスタイル
3.フリースタイル
という歌唱スタイルになっていくものと推察される。
ただし、それぞれのスタイルを純粋に100%にしてしまうと、それは実はオリジナル主義からは少し外れてしまうような気もしてくる。その辺のバランス感覚が大事だと思うのだがそれはまた後の方で考えよう。
とりあえずはこの3つの要素について少し説明したい。[コピー度]
オリジナルにいかに忠実であるか。その歌唱についてコピーするかのごとく歌う事をその目標とする方向性。
まず第一にメロディーをしっかり憶える。
次に譜割が違うところなどをチェックし叩きこむ。
続いて、それらを踏まえた上での歌手のニュアンス表現を再現しようと試みる。
声真似などもできれば尚良いが、これはさすがに個人差が激しいだろうから、声質や声音なんかをちょっと工夫するなどの代替手段の方が一般的だろうと思われる。
これらを修練した上で、最終的に歌を聞いた人にオリジナルの雰囲気が伝わるようであれば上出来といえる。
歌を歌うという観点でもっとも基本的なところを抑えた上で、歌手毎・楽曲毎の特徴をどこまで研究できるかがテーマ。
オリジナル主義の基本姿勢に直結する要素であり、非常に重要である。
一方で、歌唱力そのものを問われる部分でもあり、またそれを求めてもいる。
ただし、これを極めたコピースタイルになると逆に技巧的になりすぎるきらいがあり、うまいんだけど気持ちが伝わらない危険性も孕んでいる。ニュアンスのなんたるかを心しておかねばならないだろう。
「デフォルメ度]
歌い手の特徴を意図的に強調することでその歌手らしさを強調し楽曲全体にその味わいを染み込ませる方向性。
オリジナルをデフォルメすることにより、よりオリジナルらしさを広く認知させるというのは物真似の常套的手法でもあるから、前述コピースタイルよりもより「物真似度」の高い要素ではないか?
物真似といっても声が似てる、だけじゃない。姿形や動き、歌唱におけるその他の特徴などもその対象となりうる。
従ってどこをデフォルメするかによって各自得意分野をいかせばよい。
徹底的に声を似せるとか、ビブラートだけはうりふたつとか、シャウトは誰にも負けないぞとか、やたらめったら裏返るとか(笑)。
当然ながらオリジナルのいろんな部分を無視しすぎるとただの暴徒狂人と化すのでほどよくくだけた場でない限りは理性を保ちましょう(笑)。
うまさを求めるのではなくて楽しさ追求という部分が大きいような気もするので、エンターテインメント性の高い要素といえる。
ちなみに、もしもだれそれがこの歌を歌ったら…なんてのもこのデフォルメスタイルでは定番のお遊びなのかもね。[自由度]
これを文字通り「自由気侭」ととってもらっては困る。
はじめにいったようにオリジナル主義である事が大前提なのだから…。※そうじゃない人はもうここから退場しているはずだし
ひとつにはとらわれずに自由に歌うという意味ではあるのだが、本来目指すところとしては独自性の上乗せである。
前者の「自由に歌う」についてだけど、歌について未消化段階の自由さはどっちかっつーと自由っていうより不自由なイメージがあるんでそれはパスね。あまり細かい部分を気にしないというか、自分の快楽追及的意味合いでの自由さ、かなぁ…。
独自性の上乗せっていうのの意味は、楽曲への愛情や姿勢はそのままに、更に自分なりの表現、自分が感じたものを加えていこう事。
異性ヴォーカル曲などを歌う際にはこうした部分がかなり大きくなる傾向が強いのではないかと思うがどうか?
そして、これを100%にしていこうというフリースタイルはオリジナルを越えた自分オリジナルを目指すという事なのだろう。
それがどんなものであるかはもうそこに到達した人にしかわからないし、人によって曲によって違うのであろう。
なんだろうね、まぁオリジナルとは結果的に全然違ってても聞く人の多くに訴える力を持てばそれはその人のオリジナルとして評価できるとでもいうか。まぁ、オリジナルとどのように違うかってのもかなり微妙な問題なのでこう言いきってしまうのはちょっと抵抗もあるんだけどね。
聡明な読者諸君には既におわかりだろうが、これには大きな危険が伴う。オリジナル主義逸脱のラインが明確にならないのだ。聞く人によってはただの我流、生憶えのいい加減、勘違いナルシストとの烙印を押されかねないのだから…。
実際おれにとってもまだまだ研究初期でもあるのでこれ以上説明できないのである。あしからず。
一番その人らしさが出る要素じゃないかとは思うのだが。さてさて、こんな説明で少しはわかってもらえただろうか?
結局はそれぞれの要素の方向性を100%にした〜スタイルなんてのはオリジナル主義的には存在しないんだよね。
まずはオリジナル主義である以上は、最初のコピー度を基本としていなくてはいけないし、その上でのデフォルメ度、自由度のミックスという事になるだろう。
その割合のバランス感覚こそがその人の個性になっていくんだと思う。
100%ではないけど、そのどれかの要素に加重していく事で〜スタイルにはなれると思うけどよく考えるととても難しいよなぁそれって。
具体例を出したほうがわかりやすいかな?[例1] Mojo、光速電神アルベガス
ちょいと前まではコピー度40%:デフォルメ度35%:自由度25%ぐらいで歌ってたんだけど、この歌においてはもっと軽いMojoだという事を知ってしまったので、打開策として聞き込み強化したことにより現在はコピー度65%:デフォルメ度20%:自由度15%ぐらいで歌っていると思われる。
[例2] 水木一郎 永遠のために君のために
わりと最近になって憶えた歌だが、相当修行したので既にコピー度80%:デフォルメ度10%:自由度10%ぐらいで歌えてるのではないだろうか?
[例3] 橋本潮 ロマンティックあげるよ
異性VOCAL曲は大概コピー度は下がる傾向にある。なぜならどうやったって似てないからだ。また、気持ち良く歌うためにキーも大きく変更しなくてはいけない。結局コピー度40%:デフォルメ度5%:自由度55%ぐらいで歌わざるをえないし実際その方が楽しい。オリジナルキーで歌えば自由度比率もさがるが、全体のレベルは低下すると思われる。
そうそう、この比率はあくまで歌われたものを100%とした時の配分であって、歌の出来そのものが100%なわけではないので念の為。
そんな出来が100%だったら悩む必要ないんだよな。ふぅ。
あくまでおれの基準だが、コピー度70%:デフォルメ度10%:自由度20%ぐらいで歌としてのレベルが高ければうまく出来たかなと思うのだがどうか?
理想はデフォルメを限りなく0にしてコピー度70%:自由度30%ぐらいを目指したいんだけど。
オリジナルを追求していけばデフォルメは減少していくはずだし、オリジナルに満足していれば自由度も減っていくはず。
とまぁ3つほど挙げてみたけどみんなはどうかな?
…とここまで書いて、もうひとつ違うアプローチを思いついた。それを次回やろう(まだ引っ張るか…)。次回へ続く…
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